2022/11/07 法律問題コラム
退任取締役の退職慰労金請求
退任した取締役に支給される退職慰労金は、在職中の職務執行の対価として支給される限り、報酬の一種であり、定款又は株主総会決議によって額を定めなければならないものとされます(会社法361条1項1号)。
すなわち定款の定め、株主総会決議のいずれもない場合、退任取締役に退職慰労金の請求権は認められないのが原則です。
では、オーナー社長が将来の退職慰労金支給を約束して取締役への就任を要請していたようなケースにおいて、退任取締役からの約束の履行を求める請求に対し、株主総会決議を経ていないことを理由に、支払いを拒むことが許されるのでしょうか。中小企業では、株主総会を全く開いていないような会社も珍しくありませんから、取締役がオーナー社長と仲違いして退任するときに生じがちなトラブルです。
上述のとおり法律は(定款の定め又は)株主総会決議を要求しているので、決議を欠けば退職慰労金の請求権は無く、請求は認められないというのが杓子定規に法律を適用した場合の結論となります。
しかし、法律の定めに従って株主総会を開催すること(会社法296条1項参照)を自ら怠ってきた会社が、代表者が約束した事項の履行を求められるや、決議の不存在を口実に履行を拒絶するのは、いかにも不当であるように思われます。
そもそも取締役の報酬額の決定に株主総会決議が必要とされる趣旨は、お手盛りの弊害防止にあるとされます。つまり、取締役同士で不相当に高額な報酬を決めるおそれを回避するため、株主自身が株主総会で決定するものとされています。
この点、株主総会が全く開かれずに専ら代表取締役(又は取締役会)が会社の意思決定をし、株主がこれを容認しているような会社の場合、株主は法が設けた株主の利益保護のための仕組みを自ら放棄し、株主総会の機能を代表取締役(又は取締役会)に代替させているともいえるでしょう。そのような会社であれば、代表取締役(又は取締役会)の決定を株主総会決議と同視しても法の趣旨に背くものではないという余地があるでしょう。
とくに退職慰労金の支給を決定した代表取締役自身(取締役会で決定した場合には取締役ら)が株式の大半を有している場合には、取締役の報酬を株主の意思決定に委ねようとした法の趣旨は全うされているともいえるでしょう。
このような事情を考慮し、株主総会決議を欠くことを理由に退職慰労金の支払いを会社が拒絶するのは信義則に反して許されないなどとして、退任取締役の請求を認めた裁判例がいくつも出ています(京都地判H4.2.27、東高判H7.5.25、東高判H15.2.24等。他に代表取締役個人に対する退職慰労金相当額の損害賠償請求を認容したものとして佐賀地判H23.1.20)。
したがって、取締役の就任時に、あるいは退任に先だって、代表取締役から退職慰労金の内規を示されるなどして、退職慰労金支給の合意があったと評価される可能性がある場合、株主総会決議を経ていないからといって、裁判所が請求を認めないとは限らないことに注意が必要です。
もっとも上記の裁判例は、いずれも下級審であり、かつ個々の事例に則した判断がなされたものに過ぎませんから、請求の可否は、具体の事案における事情に基づいて検討する必要があります。
検討に際してポイントとなるのは、代表取締役(又は取締役会)の決定をもって株主総会決議と同視できるか、という視点であり、考慮要素としては、(1)株主総会が開催されず、専ら代表取締役(又は取締役会)が会社の意思決定を行っているか、(2)その代表取締役(又は取締役会の構成員)が株式の大半を有しているか、といった事情が重要であると考えられます。