法律問題コラム

2022/10/21 法律問題コラム

共同不法行為者の1人に対する免除

共同不法行為者の1人に対して被害者がした債務免除の意思表示は、他の共同不法行為者に対して効力を持つでしょうか。これは、被害者が複数の加害者のうちの1人と示談を行った後に他の加害者に請求したような場合に問題となる論点です。示談では、通常、一定の金額の支払いをもって解決済みとすることを約し、したがってその余の債務は免除されたことになりますが、その効果が示談に関わっていない他の加害者にも及ぶのか、という問題です。

共同不法行為の加害者が被害者に対して負う債務は、伝統的に「不真正連帯債務」だと言われてきました。何が「不真正」かというと、連帯債務そのものであれば、改正前の民法上、連帯債務者各自に生じた事由が広く他の連帯債務者に効力を及ぼすことが規定されていたのに対し(改正前民法434~439条)、不真正連帯債務では、弁済等の債権の満足をもたらす事由を除いて、効力を及ぼさないと解釈されており、その点で(真正な)連帯債務と異なるとされていました。

免除は、その連帯債務と不真正連帯債務で扱いが異なるとされた事由の1つであり、連帯債務者の1人に対してした免除は、他の連帯債務者の負担部分の限度で他の連帯債務者にも効力を及ぼす(改正前民法437条)、すなわち、他の連帯債務者も債務が免除されたことになるのに対し、不真正連帯債務では、免除の効力は相対的、すなわち、債務を免除されるのは免除の意思表示を受けた当人のみと解するのが通説でした。

そうすると、たとえば、不貞行為に及んだ夫との間で妻が示談をして債務を免除し、残債務がないことを確認したとしても、妻は、不貞の相手方に対し、さらに損害賠償請求することが可能であることになります。

この点、最高裁は、不貞行為に及んだ夫に対して妻が債務を免除した後に不貞の相手方に損害賠償請求をした事案で、免除の効力が不貞の相手方に及ぶことを否定しましたが、その際、理由として、改正前民法437条の規定の適用がないことに加え、免除をした妻の意思が配偶者に対してのみ免除する意思であったことを理由に挙げていました(最判H6.11.24判タ867号165頁)。かかる判示は、仮に免除をした妻の意思が不貞の相手方との関係でも債務を免除する意思であったのなら、夫に対してした免除の意思表示の効力が不貞の相手方に対しても及ぶ可能性を示唆するものといえます。

さらに、最判H10.9.10(判タ985号126頁)は、共同不法行為者の一方が被害者と和解して和解金を支払った後に他方の共同不法行為者に求償請求をした事案で、原審が当該和解における債務免除について被害者が他方の共同不法行為者との関係でも債務免除をする意思であったか否かを検討しないまま、免除の効果が及ばないことを前提に算定した求償額の請求を認めたところ、これを誤りとし、破棄・差戻ししました。
この最判により、免除をした被害者の意思次第では、免除の効力が他の共同不法行為者に及びうることが明確となりました。

結論として、共同不法行為の被害者が共同不法行為者の1人に対してした免除の意思表示は、他の共同不法行為者に対して当然に効力を有するものではないが、被害者が他の共同不法行為者との関係でも免除する趣旨で免除の意思表示をしたときは、当該他の共同不法行為者との関係でも効力を有する(債務は免除される)ということになります。このことは、H29年改正民法施行後も異なりません。