法律問題コラム

2023/04/27 法律問題コラム

「不当でない」取引とクーリング・オフ権行使の可否

特定商取引法9条は、訪問販売を受けて契約を締結した消費者に対し、理由なしに契約を解除する権利(クーリング・オフ権)を与えています。この権利の行使には、訪問販売業者が法定の書面を交付してから8日間という期間制限がありますが、法定の書面の交付ができていなければ8日の期間がスタートせず、いつまでも期限は到来しません。

訪問販売を受けた消費者に対し、法が、このように強力な保護を与えているのは何故でしょうか。それは、訪問販売という攻撃的な営業方法の下、軽率に契約締結に至ってしまった消費者に対し、容易に契約の拘束から免れることを可能にして消費者を保護したものです。典型的には、消費者にとって不要な商品や不相当に高額な商品を売りつける、いわゆる「押し売り」が想定されています。「商品」と書きましたが、商品の販売だけでなく、リフォーム工事等の役務(サービス)の提供も対象となります。

では、リフォーム業者が消費者の自宅を訪問して穏当に商談を重ね、リフォーム工事を受注した場合、特段の瑕疵のない価格相応の工事が施工された後であっても、法定の書面が交付されていなければ、消費者は、クーリング・オフ権を行使して、この請負契約を解除できるのでしょうか。
あるいはリフォーム業者は、クーリング・オフ権を行使しようとする消費者の動機が、契約締結過程や施工内容に対する不満とは別の動機であることを理由に、クーリング・オフ権の行使が権利の濫用にあたると主張して、その効果を否定することができるのでしょうか。

クーリング・オフ権の行使による契約の解除が有効であるとすれば、リフォーム業者は施工済みの工事について対価の支払いを得られなくなる(同法9条5項)だけでなく、受領済みの金銭がある場合には、その返還を要し(同条6項)、さらには原状回復を求められれば、無償でこれに応じる義務を負うことになります(同条7項)。
特定商取引法9条2~7項

リフォーム業者がむりやり契約させた事実がなく、価格も相応で、かつ施工に特段の瑕疵が無い場合に、この扱いは過酷ではないか、という疑問を持つ方があるかも知れません。

しかし、特定商取引法は、クーリング・オフ権の行使について、契約締結過程で強引な言動をしたこと、契約条件や施工内容に不当な点があることなどを要件にしていないのはもちろん、強引な言動をしていないこと、契約条件や施工内容に不当な点がないことをその行使を妨げる消極要件として掲げてもいません。
法は、そのような実質的な要件を設けた場合に立証の困難によって保護されるべき消費者が保護されない事態を生じることを避け、専ら形式的な要件を満たせばクーリング・オフ権を行使できることとして、消費者の保護に遺漏なきを期したものと考えられます。

したがって、クーリング・オフ権行使の要件を満たす消費者は、たとえ契約締結過程や施工内容に実質的に不当な点が認められないとしても、権利を行使して契約を解除することができます。また、業者は、消費者の動機を論うことによりクーリング・オフ権の行使が権利の濫用にあたると主張して、その効果を否定することはできません。

この点、大村敦史教授は、ある裁判例(家屋のリフォーム工事についてクーリング・オフ権の行使が有効とされて工事代金の請求が棄却された事案)の評釈で次のように述べています。
「Xは必ずしも強引な勧誘を行ったというわけでもなさそうである。他方、Yがクーリング・オフ権を行使した理由は明らかではない。しかし、クーリング・オフの要件が満たされているとすれば、Yの権利行使(クーリング・オフ権の行使-引用者注-)は正当であると言わざるを得ない」(大村敦志「指定商品性とクーリング・オフ規定の適用」ジュリスト1094号167頁)。

また、河上正二教授も、同じ裁判例に言及し、「理由の如何を問わず顧客の契約的拘束からの解消を許容する制度として設計されている以上、この結論は妥当なものというべきであろう(権利濫用ともならない)」と述べています(「『クーリング・オフ』についての一考察-『時間』という名の後見人-」法学60巻6号)。

リフォーム業者側にとっては一見、酷な話ですが、しかし、それもこれも業者が法定の書面の交付を怠った結果です。業者は、法律が消費者保護のために訪問販売業者に義務付けた書面の交付を履践し、そのうえで8日を経過した後に着工すれば、確実にその「過酷」な事態を免れることができます。しかるに、「法定書面の交付後8日間」というリスク回避の期間を待つことなく着工したのなら、業者は、そのような事態に陥るリスクを自ら引き受けたということができます。

したがって、クーリング・オフ権の行使によって業者が多大な損害を被ったとしても、それを不測の損失と呼ぶことはできず、「権利濫用」のような一般法理を持ち出して業者を救済すべき理由はないと考えられるのです。