法律問題コラム

2019/01/27 法律問題コラム

支店長・営業所長がする契約の有効性~使用人の代理権(2)

会社間で契約を締結する際、相手方の当事者が代表取締役でなく、「支店長」「営業所長」などの肩書を有する従業員である場合、契約は有効に会社間で成立するのでしょうか。

会社法11条1項は、「支配人は、会社に代わってその事業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。」と定めています。
したがって、会社と取引をする相手方は、契約をする相手方当事者が支配人であれば、代表取締役の場合と同様に、相手方当事者の代理権に不安を抱くことなく、契約を締結することができます。会社以外の商人が選任した支配人についても、商法21条1項に同様の規定があり、事情は異なりません。

では、支配人とは何か、というと、従来、「営業主に代わり、その営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する使用人」のことであるとするのが通説とされてきました。
しかし、すぐに分かるように、これでは、上記各法条の規定はトートロジーであり、無意味な規定になってしまいます。
のみならず、会社法11条3項は支配人の権限に制限を加えても善意の第三者に対抗できないものとして取引の円滑と安全を図っているのですが(商法21条3項も同様)、上記の定義を採用すれば、権限に制限を加えられた使用人は、そもそも支配人ではないことになり、同項が適用されるのはどんな場面なのか、理解が困難となります。

もちろん、そのような通説の解釈に対しては異論があります。支配人とは、本店又は支店の営業の主任者として選任された者をいうとする見解が唱えられており、こちらの方が今日では多数説といってよいのかも知れません(田邊光政『商法総則・商行為法』105頁、弥永真生『リーガルマインド商法総則・商行為法〔第2版補訂版〕』70頁等)。
この説に従えば、取引の相手方は、従来の取引の実態等に照らして相手方の行為者が営業の主任者として選任された者というべき実態があるか否かに注目すれば足り、そのような実態があると認められる場合には、代理権の有無を詮索することなく、契約を締結することができることになります。

ところで、上記のおかしな説が通説たりえてきたのには、理由があると思います。それは、次の2つの事情から、当該事案の行為者が支配人であるか否かが深刻な争点となるケースは多くないと考えられることです。

第1に、支配人の選任は登記事項であり(会社法918条)、支配人の登記をしたときは、会社は、その者が支配人でないことについて善意の第三者に対抗することができません(同法908条2項)。したがって、支配人の登記がある場合、善意の第三者との関係では、その者が実際には支配人でないと述べて争っても無意味であることになります。

第2に、支配人でなくとも支配人の外観を有する者について支配人と同様の権限があるものとみなす「表見支配人」の制度があることです。すなわち、会社法13条は、「会社の本店又は支店の事業の主任者であることを示す名称を付した使用人は、当該本店又は支店の事業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなす。」と規定しています(商法24条にも同様の規定があります。)。ただし、相手方が悪意(支配人でないことを知っていること)の場合は除外されており、重過失がある場合も同様と解されています。すなわち、「支店長」「営業所長」等の肩書を与えていた場合には、たとえ実際には支配人でなかったとしても、善意・無重過失の相手方との関係では表見支配人として支配人と同様の権限があるものとみなされるため、支配人であるか否かはともかくとして少なくとも表見支配人にあたるか否かが主要な争点となります。

この表見支配人にあたるか否かで重要なことは、判例は、支配人類似の名称を付された場所(「○○支店長」と付された場合の「○○支店」)が営業所としての実質を備えていることが必要としている点です(最判S37.5.1民集16巻5号1031頁)。営業所としての実質を備えているというためには、本店から離れて一定の範囲内で独自に決定・実行できる組織の実体を有することが必要と解されています(最判S37.12.25民集16巻12号2430頁)。

以上から、「支店長」「営業所長」などの肩書を有する従業員を相手方の当事者として取引先と契約する場合の実務上の指針として、次のように言えるでしょう。
1)その支店長等が支配人として登記されている場合には、代理権の存否に不安を抱く必要はない。
2)その支店長等が支配人として登記されていない場合、その「支店」等を訪問するなどして営業所としての人的・物的施設を有していること、日常的に一定の範囲では本店の決裁を仰ぐことなく取引を行っていることが確認できるなら、当該「支店」等の主任者としての肩書を有する人物は、少なくとも表見支配人であると考えられるので、代理権の存否に不安を抱く必要はない。
3)ただし、2)の場合でも支配人でないことを知っているか、重大な過失で知らない場合には保護されないので、支配人(営業の主任者)であることについて疑念を抱かせる事情が具体的に存する場合には、注意が必要である。
4)支配人の登記がなく、かつ「支店」等が営業所としての実質を有することも確認できない場合、「支店長」等に代理権が存するかは自明ではないため、権限の有無について慎重に判断する必要がある。

なお、最後の4)の場合でも、当該支店長等が「事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人」ということができるなら、その事項の範囲内に限り代理権が認められること(会社法14条1項)は、先のコラムに書いたとおりです。