無効の遺言と死因贈与への転換

自筆証書遺言は、遺言者本人が全文、日付及び氏名を自書し、押印しなければならないものとされています(民法968条1項)。
したがって、たとえば遺言書の本文をワープロ打ちしたり、遺言者以外の者が筆記したりしていた場合、その「遺言書」は法的に有効な遺言書ではないことになります(※)。
では、そのような「遺言書」には法的な効力が生じる余地はないのでしょうか。

 

実は、裁判例には、無効の遺言を死因贈与として有効としたものが少なからず存在します。「死因贈与」とは、贈与者の死亡によって効力を生ずるものとしてする贈与です(民法544条)。
効力の発生が死亡時であることは、遺言によってなされる遺贈と同様ですが、判例は死因贈与に遺言の方式に関する規定は準用されないものとしています(最判S32.5.21民集11巻5号732頁)。したがって、遺言の形式に従って作成されていない書面であっても、死因贈与契約の証書としては有効になりえます。

 

他方、死因贈与は契約ですので、申込みと承諾の意思表示の合致が必要です。「遺言書」が贈与の申込みの意思表示にあたるとして、受贈者の承諾の意思表示があったと評価されなければ死因贈与契約の成立は認められません。そのため、受贈者が「遺言書」の存在を贈与者の死亡まで知らなかった事案では、承諾がないことにより死因贈与契約の成立は否定されます(仙台地判H4.3.26判時1445号165頁)。
しかし、この点も贈与者の生前に受贈者が「遺言書」の交付を受けていれば、承諾をしたものと認められる傾向にあります(水戸家裁審判S53.12.22家月31巻9号50頁、東京地判S56.8.3判時1041号84頁等)。

 

しかも、書面によらない贈与は取り消すことができますが(民法550条)、この「書面」について最高裁は「贈与の意思表示自体が書面によつてされたこと、又は、書面が贈与の直接当事者間において作成され、これに贈与その他の類似の文言が記載されていることは、必ずしも必要でなく、当事者の関与又は了解のもとに作成された書面において贈与のあつたことを確実に看取しうる程度の記載がされていれば足りる」としています(最判S53.11.30民集32巻8号1601頁)。
したがって承諾の意思表示が書面上になくとも、また「贈与」との文言がなく、「遺言書」「相続させる」などの文言しかなかったとしても民法550条の書面となる可能性は充分あります。民法550条の書面にあたるなら、相続人が同条に基づいて贈与を取り消そうとしても出来ないことになります。

 

一般的に、裁判所は、書面を重視し、書面に書かれた字句の些細な差異にも拘る傾向があります。
ですが、「遺言書」には、充分な法律知識のない一般人が、死期が迫り理路整然とした文章を書くことが困難な状況の下でしたためることが少なくないこと、形式に不備があったことが後日判明したとしても、その時点で当人がこの世にいなければ補正は不可能であること、という特殊性があります。
裁判所も、こと「遺言書」に関する限り、このような特殊性を考慮して、書面作成者の意思が形式的な誤りによって実現しないことを可及的に回避すべく、救済の可能性を探る配慮をしているものと考えられます。

 

したがって、たとえ手元にある「遺言書」が形式的に見て有効とは思えないものであった場合でも、ただちに無効と決め付けるのではなく、弁護士に相談するなどして、「遺言書」作成者の遺した意思の実現を図れないかを検討することが必要だと思います。

 

※H30年民法改正により、財産目録については自書しなくとも毎葉に(=すべての紙に。両面に自書でない記載がある紙については、その両面に。)押印すれば、自書でなくとも有効とされました(民法968条2項)。