侮辱による損害賠償請求と真実性・真実相当性の抗弁

名誉毀損を理由とする損害賠償等の請求に対し、事実の公共性、目的の公益性、摘示事実の真実性又は真実相当性が認められれば、違法性又は過失がないとされます(真実性の抗弁・真実相当性の抗弁)(最判S41.6.23民集20巻5号1118頁)
それでは、原告が名誉毀損ではなく、侮辱(名感情の侵害)を理由として損害賠償請求をした場合には、同種の抗弁は有効な抗弁となるのでしょうか。

 

名誉毀損は「人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害」する行為とされます。したがって、ある人を貶める発言が特定かつ少数の人に対して発せられた場合などには、「社会から受ける客観的評価」、すなわち社会的評価を低下させないとして、名誉毀損の成立を否定されることがあります。
もっとも、名誉毀損が成立しないということの意味は、「名誉毀損」について金銭賠償の原則から外れて原状回復処分という特別な救済措置を定めている民法723条が適用されないということであって(最判S45.12.18民集24巻13号2151頁参照)、直ちに不法行為の成立自体が否定されることを意味するものではありません。

 

一般に名誉毀損には該当しない名誉感情の侵害についても、社会通念上許される限度を超える侮辱行為は人格的利益の侵害として不法行為となる場合があるとされています(傍論ながら最判H22.4.13判タ1326号121頁)。
そうすると逆に、侮辱を理由として損害賠償を請求された場合にも、名誉毀損の場合と同様の免責の法理が働くのかが問題となってきます。
名誉毀損に関する真実性・真実相当性の抗弁が、名誉の保護と表現の自由の保障との調整のために生み出された判例法理なら、侮辱による不法行為についても、同じ趣旨からの抗弁が認められる場合があって良さそうです。

 

この点、意見・論評による名誉毀損に対する免責の要件を述べた最判H9.9.9(民集51巻8号3804頁)が参考になります。意見・論評は、それ自体は事実の摘示ではなく発言者による主観的な評価の表明である点で侮辱と共通するからです。
同最判は「ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである・・・そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である」と述べています。

 

実際、上記最判の規範を適用して(名誉毀損とともに)侮辱の不法行為の成否を論じた裁判例があります(東高判H15.12.25判タ1157号175頁)。
同裁判例は、「ウソつき常習男」との表現を含む見出しを週刊誌に掲載するなどした行為について、前提事実はいずれも真実と認めることができるか、真実と信じるについて相当な理由があったと認めることができ、かつ「ウソつき常習男」との意見・論評は、「いささか品のない表現との感はあるが、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものと認めることはできない」として、不法行為の成立を否定しました。

 

「ウソつき常習男」との表現が意見・論評としての域を脱していないという判断には、当人が政治家(衆議院議員)であったという事情が影響しているとも思われ、一般化できないかも知れません。
しかし、侮辱についても上記最判の規範が妥当するとの判断自体は妥当であると考えます。