「損害」をどのように把握するか

損害賠償請求事件では、大きく分けて、被告がどうして賠償の責任を負うのかという「責任論」と、責任があるとして相当因果関係のある損害はいくらかという「損害論」が争われることになります。 この「損害論」も「責任論」に勝るとも劣らぬ重要な争点となります。何しろ損害が発生したと認められなければ、どれだけ相手に違法な行為があったとしても、損害賠償請求は棄却されてしまうのですから。

 

さて、「何をもって損害と見るのか」の判断は、容易でない事件が少なくありません。弁護士にとっても個別の事案ごとに判例や学説を調べたり、いろいろ頭を悩ませながら考える部分です。事件類型の違いや個別の事案の事情を度外視して、一概に損害の算定はこうするものと決めつけることは到底できません。

 

ただし、「損害」を考えるにあたって弁護士の頭の中にある1つの原則的な発想があります。それは、相手方の責任原因となる行為や事実が無かったと仮定した場合に想定される財産状態と、その行為や事実があった結果である現在の財産状態とを比較して、その差額が損害にあたると見る考え方です。これを「差額説」といいます。

 

たとえば、ある会社が外注先に依頼していた作業について外注先が契約に反して突然、業務を拒絶したため、代わりに社員が作業せざるを得なくなったという事案を考えてみましょう。 この場合、社員が作業した時間に対応する賃金相当額を損害として損害賠償請求することは可能でしょうか。 社員が残業してその作業をしたのであれば、その残業代を損害と見ることは可能でしょう。しかし、通常の勤務時間内に作業しており、その結果、社員の賃金が増加していないなら、差額説の発想からは損害として見ることは困難です。社員の賃金は、外注先の債務不履行の有無にかかわらず、労働契約に基づいて発生するのであり、債務不履行がなかったと仮定しても、その点では会社の財産状態に変わりはないからです。

 

しかし、もしも外注先の債務不履行がなければ当該社員は別の業務を遂行することができたはずです。その結果の財産状態は、債務不履行があった現在の財産状態よりも良いのが通常でしょう。その「差額」が、本来、損害として認められるべき額ということになります。

 

もっとも、これは原則論であって、上記の「差額」を立証することの困難性等を踏まえ、裁判所が柔軟な認定をすることはありえます。すなわち、「差額説」は万能ではありません。 ですが、トラブルの対応を検討する際には、まずは基本を押さえて考えることが大事だと思います。ご相談を受ける中で、「差額説」さえ知っていれば、もう少し「損害」を上手に捉えられるだろうに、と思うことが少なくありませんので、このコラムを書いた次第です。