裁判官が交替するリスク

裁判官は通常3年で異動となります。したがって、ある裁判が2年以上続いていており、その間ずっと同じ裁判官が担当していたとしても、審理が終了する前後に、その裁判官が異動してしまえば、判決を書くのは、これまでの審理を直接は全く体験していない新しい別の裁判官である、ということがありえます。

 

私たちは、ともすると、裁判所をあらゆる法律に通じた万能の組織体であるかのように錯覚し、裁判所を構成する個々の裁判官が替わっても裁判所の連続性は失われないように信じ込んでいる面があるように思います。少なくとも自分の心理を振り返ると、そういう面があるように感じます。

 

しかし、実際には裁判官も人間です。私たちより少しだけ優秀かも知れませんが、異動してきた新しい裁判官は、当人にとっては全く新しい事件の記録を何十件分も一度に目の前に積まれ、そして、次から次へと来る事件の期日に対応していく必要があります。全ての事件の記録全部を、書面が出るたびにリアルタイムで読み込んできた従前の裁判官と同様の密度で読み込むことは、人間に出来る業ではないというべきでしょう。

 

まして弁論準備期日で双方代理人と裁判官が口頭でやりあった内容については、書面を読んでも分かりません。口頭での議論を踏まえて書面上でなされている議論の意味を、前提となった口頭での議論を知らない裁判官が正しく理解するには大きな支障があるといえます。

 

したがって、裁判官が交替する結果、議論を充分に理解しないまま、弁論準備における争点整理を無視したような判決が書かれてしまうおそれがあります。

 

このことは、複雑・困難な事件について、丁寧に論証し、弁論準備期日で口頭でもよく説明し、裁判官もよくそれに応えて書面を読み込んでおり、事件の性質を正しく理解するに至っていたような場合、とくに重大な問題となります。 裁判官の異動に伴っては引継書が作成されるのでしょうが、要件事実の整理や重要な書証の指摘くらいはなされても、一般的には裁判官自身の心証まで引き継ぐものではないでしょう。また、よしんば引継書に心証が開示されていても、裁判官は「その良心に従ひ独立してその職権を行」うものであり(憲法76条3項)、前任の裁判官の心証に何ら拘束されません。

 

そうすると、裁判官が複雑な事件をよく理解するに至っている場合(当方に有利な心証を示唆している場合はとくに)、裁判官の異動前にその裁判官に判決を書いてもらうことが望ましい、というケースがあり得ます。実際、弁護団事件でベテランの弁護士からそのような意見を聞いた経験があります。 そのようなケースでは、慎重に丁寧に主張・立証することよりも、主張・立証を早期に完結し、早期結審を求める、という方針を取るべきかも知れないのです。

 

以上のような次第で、「裁判官が交替するリスク」は意外に意識されていない、けれども実は相当に重要なリスクとして存在しています。